「It’s your life」
1973年春スタンフォードビジネススクールを卒業しようとしていたボクはアメリカ人の同窓生がどこに就職するのか、非常に興味がありました。 日本流に考えれば彼らはIBM、デュポン、フォード・・といった大企業に就職するに違いないと思っていたのですが、実際にはそういった会社に行った人はほんの一握り、圧倒的大多数はマッキンゼーのようなコンサルティング会社、モルガン・スタンレーのような投資銀行、あるいはヒューレット・パッカードのような地元のハイテク企業に就職しました。
1971年にインテルが世界最初のマイクロプロセッサー、4004を開発したばかりでコンピュータ・ブームがまさにテイクオフする時期、シリコンバレーの夜明けの頃だったのです。 昨今東大法学部の卒業生が中央官庁でのキャリアへの興味を失い、ゴールドマンサックスのような外資系に流れていくことが話題になっていますが、スタンフォードでは35年前に既に似たような現象が起きていたのです。
留学のために休職していたソニーに戻るべきかどうか悩んでいたボクに一人の同級生が「It’s your life」とアドバイスしてくれました。 「自分の人生じゃないか」考えて見ると当たり前のことですが、それまでサラリーマン的な人生観、職業観にとらわれ、まず会社ありきで自分のキャリアを考えていたボクには眼から鱗でした。 結局いったんソニーに戻りましたが、ボクはもう定年までソニーで勤め上げる、といった考えはまったくなくなっていました。
「I love this company」
1981年ボクはそのころ新興企業としてすさまじい勢いで成長していたタンデム・コンピュータズの日本法人に転職しました。 ジム・トレイビッグという伝説的な経営者が設立し、アルビン・トフラーの「第三の波」でも取り上げられたこの会社は毎週金曜日夕方のビア・バスト、社員を尊重し社員が自発的、自主的に仕事を進める民主的でオープンなマネジメント、トレイビッグ自身オフィスに閉じこもらず工場の作業員や前線の営業マンと常に対話するMBW(Management By Walking-around)等、後にシリコンバレーの企業群の特長となる数々のカルチャーを産み出しました。 確かにあの頃のタンデムは活気に溢れ、カリフォルニアのさわやかな風が社内を吹き抜けていました。 クーパーティノの本社に出張していたある日のことです。 時差で朝早く目が覚めたボクは他にすることもないのでオフィスに出かけました。 驚いたことに朝7時前にもう数人のアメリカ人が来て仕事をしていたのです。 ファミリーライフを大切にする彼らがなぜこんな早朝から・・・と近くにいた若い女性スタッフに聞くと「I love this company」という返事がかえってきました。 ボクがソニーに入社したころはまだ労働運動が盛んで、資本対労働といったことが職場でも議論されていました。 しかし仕事は強いられてやるものではありません。 自由で開放的な環境があれば、皆進んで仕事をやるようになるのです。 役所や大企業の息が詰まるような人間関係、前例や規則でがんじがらめの、十年一日のようなオペレーション。 それに対して若く伸び盛りのハイテク企業で仕事をする楽しさ、スピード、エキサイトメント。 タンデムでの経験はその後のボクのハイテク人生を決定づけました。
「Network or not work」
1987年から昨年までボクはコンベックス・コンピュータ、ニューブリッジ・ネットワークス、BEAシステムズ、マクロメディア・・といったハイテク企業の日本法人の社長をやりました。 1990年代後半から2000年代前半インターネットが爆発的に普及した時期に、eコマースの基幹エンジンのトップメーカーであるBEAや、インターネット上のデザインの代名詞とも言えるマクロメディアで仕事ができ、若く優秀な仲間といっしょに日本におけるインターネット・ブームの推進に一役かったことは幸運であり、愉快なことでした。 しかし振り返ってみるとボクが社長をやった会社は直近で未公開のウェブルート・ソフトウェアを除き、すべてM&Aにあってヒューレット・パッカード、オラクル、アドビ・・といった大会社に吸収され、もう一社も残っていません。 少し寂しい気もしますが、この20年間ハイテク産業はそれほどドラマチックにコンソリデーションを続け、ダイナミックに発展をとげてきたのです。 その荒波の中でボクがなんとか失業もせず生き残れたのは家族、友人、仕事の仲間、提携先、取引先等々多くの方々のサポートやアドバイスのおかげに他なりません。 まさしく「Network or not work」だったのです。 ネットワーク、人と人とのつながり、どんなにテクノロジーが進化しても人間と人間の信頼関係を置き換えるものはありません。
ジャパン・パッシングと言われ、JAPAiNが叫ばれる昨今ですが、アメリカン大学を卒業される皆さんの前途は洋々と広がっています。 どうか皆さんが組織に頼らず、会社にしがみつかず、独立独歩、ご自分の手と足で人生を切り開いていかれるように、そして留学体験を活かして日本とアメリカ、アジア諸国を結ぶ「太平洋に架ける橋」になってくださるように、と思われてなりません。 「志あるところ道あり」皆さんのご健闘とご活躍を期待しています。
2008年3月18日火曜日
2008年2月15日金曜日
第1回:自分はプロダクト 平松 庚三 様
自分はプロダクトであると認識していますか?
ボクは昨年末の取締役任期切れをもってライブドアの社長職を退任しました。
いろいろな人たちから「大変でしたね?」と言われますが、ボクにとっては、「素晴らしい仲間とエキサイティングな仕事に巡り合った貴重なアサイメント」が正直な実感です。 頼もしい社員に支えながら楽しんで仕事をしました。 60才にして一番成長した2年間でした。
今回退職させてもらった理由は;
1、 コーポレートガバナンスとコンプライアンスの意識も高まり、ライブドア事件後の混乱した社内を落ち着かせることができたこと。
2、 単月黒字を達成し、通年の黒字化に見通しがついたこと。
3、 ボクの出身母体である弥生株式会社を始め、主たる子会社の売却先が決まり彼らの将来にメドがついたこと。
が外部発表用の公式理由ですが、「4、これで念願の自分のゴールに向かって進むことができる」がホンネです。(笑)
ソニーを辞めてAmexの副社長を務めたあと、ボクはIDG, AOL, Intuitと外資系の雇われ社長をしてきましたが、いつか起業して、楽天、GMOインターネット, サイバーエージェントなどを追いかけたいとひそかに狙っていました。 この目的を実現するため、2005年に団塊富裕層をSNSを中心としたネット上で集める小僧com株式会社を設立しました。 社名の小僧は高齢化が進む瀬戸内海の小島に伝わる「30,40はヨチヨチ歩き、50,60はハナタレ小僧」の言い伝えから頂きました。 小僧はKOZO、庚三にも繋がりますし。
自分が団塊世代の一期生であるボクは、長い間「老後」という言葉に強い違和感をもっていました。 定年後の人生は「老後」ではなく、「後半戦である」がボクの持論です。 野球だって、サッカーだって後半戦の方が断然エキサイティングで面白い。 だったら人生の後半戦も勝利に向けてゲームプランを設定し、戦略を練り、楽しく、賢く、豊かで、健康に、そして社会の役に立てるような生き方をしたいと思い、このコンセプトに賛同してもらえる同士を集め、ビジネスモデルにしようと考えていました。 ライブドア事件があって図らずも小僧comに時間を割くことはかなわず2年間回り道をしましたがが、まさにボクが起業家としてスタートするのはこれからです。 まだ小僧ですし。(笑)
今までのボクの生業は雇われの再生屋でしたが、ずっと本物の社長になりたいと思い、そのための戦略を頭の中で描いてきました。 自分のゴールを実現するために戦略的にソニーを辞めましたし転職も繰り返しました。 ゴール、つまり夢ですが、ボクは夢なしには生きられません。 人が生きるには水と空気の他に夢が必要だとホンキで信じています。
ポストライブドアのボクの夢は3つ。
1、 小僧comビジネスを成功させる。
2、 宇宙に行く。
3、 衰退する日本の農業を活性化させる。
(2)については、英国のVirgin Galactic社が来年予定している民間スペースシャトルに初の日本人アストロノートとして参加します。 すでに0Gや6Gの訓練も終了しました。 (3)については、農業の企業化が目的ですが、まず第一歩として、今年群馬県みなかみ町に農家を建築し移住して自分で農業を体験してみようと思っています。
自分の夢を実現するに当たりボクは事業計画を作ります。 会社ではどこでも誰でもやることですが、ボクは自分自身の事業計画を作ります。
1、 ゴール(目標)の設定。 Objective
2、 戦略の構築。 Strategies
3、 実行案の開発。Action plans
4、 実行。Executions
5、 評価。 Assessments
なぜなら、このプロジェクトを実行し成功させるためには、ボク自身のプロダクトとしての価値を高め、客観的に自分を観察する必要があるからです。 ボクの実力や才能はたいしたレベルではないと自己評価しています。 つまり、プロダクトとしての弱点もあります。 この弱みを認識しているからこそ「Product Enhancement」つまり商品力強化が必要になります。 ボク自身が勉強して弱点を強化する必要もありますし、その弱点を補完してくれる仲間を募る必要もあります。 自分自身やビジネスプランを売り込むためのプロダクトプロモーションや市場での差別化を図るためのプロダクトマーケティングも必要です。
ヨチヨチ歩きの皆さんも、ぜひ夢を持って(途中で変わっても良いんです)、そこへ到達するための戦略を構築されてみてはいかがですか? ソニーに入社してITの30年後を見て来ようとか、Hondaに入ってグローバルマーケティングの手法を身につけて来ようなどの考え方です。 自分の夢を実現するためにはまず自分の商品価値を高める。 そのためには、「会社は資源」と割り切って利用することも大切です。
まず目標(夢)をもって、それを強く思うところから始めて下さい。
小僧http://www.kozocom.comも覗いてくだされば嬉しいです。
平松庚三
ボクは昨年末の取締役任期切れをもってライブドアの社長職を退任しました。
いろいろな人たちから「大変でしたね?」と言われますが、ボクにとっては、「素晴らしい仲間とエキサイティングな仕事に巡り合った貴重なアサイメント」が正直な実感です。 頼もしい社員に支えながら楽しんで仕事をしました。 60才にして一番成長した2年間でした。
今回退職させてもらった理由は;
1、 コーポレートガバナンスとコンプライアンスの意識も高まり、ライブドア事件後の混乱した社内を落ち着かせることができたこと。
2、 単月黒字を達成し、通年の黒字化に見通しがついたこと。
3、 ボクの出身母体である弥生株式会社を始め、主たる子会社の売却先が決まり彼らの将来にメドがついたこと。
が外部発表用の公式理由ですが、「4、これで念願の自分のゴールに向かって進むことができる」がホンネです。(笑)
ソニーを辞めてAmexの副社長を務めたあと、ボクはIDG, AOL, Intuitと外資系の雇われ社長をしてきましたが、いつか起業して、楽天、GMOインターネット, サイバーエージェントなどを追いかけたいとひそかに狙っていました。 この目的を実現するため、2005年に団塊富裕層をSNSを中心としたネット上で集める小僧com株式会社を設立しました。 社名の小僧は高齢化が進む瀬戸内海の小島に伝わる「30,40はヨチヨチ歩き、50,60はハナタレ小僧」の言い伝えから頂きました。 小僧はKOZO、庚三にも繋がりますし。
自分が団塊世代の一期生であるボクは、長い間「老後」という言葉に強い違和感をもっていました。 定年後の人生は「老後」ではなく、「後半戦である」がボクの持論です。 野球だって、サッカーだって後半戦の方が断然エキサイティングで面白い。 だったら人生の後半戦も勝利に向けてゲームプランを設定し、戦略を練り、楽しく、賢く、豊かで、健康に、そして社会の役に立てるような生き方をしたいと思い、このコンセプトに賛同してもらえる同士を集め、ビジネスモデルにしようと考えていました。 ライブドア事件があって図らずも小僧comに時間を割くことはかなわず2年間回り道をしましたがが、まさにボクが起業家としてスタートするのはこれからです。 まだ小僧ですし。(笑)
今までのボクの生業は雇われの再生屋でしたが、ずっと本物の社長になりたいと思い、そのための戦略を頭の中で描いてきました。 自分のゴールを実現するために戦略的にソニーを辞めましたし転職も繰り返しました。 ゴール、つまり夢ですが、ボクは夢なしには生きられません。 人が生きるには水と空気の他に夢が必要だとホンキで信じています。
ポストライブドアのボクの夢は3つ。
1、 小僧comビジネスを成功させる。
2、 宇宙に行く。
3、 衰退する日本の農業を活性化させる。
(2)については、英国のVirgin Galactic社が来年予定している民間スペースシャトルに初の日本人アストロノートとして参加します。 すでに0Gや6Gの訓練も終了しました。 (3)については、農業の企業化が目的ですが、まず第一歩として、今年群馬県みなかみ町に農家を建築し移住して自分で農業を体験してみようと思っています。
自分の夢を実現するに当たりボクは事業計画を作ります。 会社ではどこでも誰でもやることですが、ボクは自分自身の事業計画を作ります。
1、 ゴール(目標)の設定。 Objective
2、 戦略の構築。 Strategies
3、 実行案の開発。Action plans
4、 実行。Executions
5、 評価。 Assessments
なぜなら、このプロジェクトを実行し成功させるためには、ボク自身のプロダクトとしての価値を高め、客観的に自分を観察する必要があるからです。 ボクの実力や才能はたいしたレベルではないと自己評価しています。 つまり、プロダクトとしての弱点もあります。 この弱みを認識しているからこそ「Product Enhancement」つまり商品力強化が必要になります。 ボク自身が勉強して弱点を強化する必要もありますし、その弱点を補完してくれる仲間を募る必要もあります。 自分自身やビジネスプランを売り込むためのプロダクトプロモーションや市場での差別化を図るためのプロダクトマーケティングも必要です。
ヨチヨチ歩きの皆さんも、ぜひ夢を持って(途中で変わっても良いんです)、そこへ到達するための戦略を構築されてみてはいかがですか? ソニーに入社してITの30年後を見て来ようとか、Hondaに入ってグローバルマーケティングの手法を身につけて来ようなどの考え方です。 自分の夢を実現するためにはまず自分の商品価値を高める。 そのためには、「会社は資源」と割り切って利用することも大切です。
まず目標(夢)をもって、それを強く思うところから始めて下さい。
小僧http://www.kozocom.comも覗いてくだされば嬉しいです。
平松庚三
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